はじめてZfを外に連れ出した日の話

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持ち出すのこわかった

Zfを購入したものの、しばらくは外に持って行けなかった。

使わないともったいないと頭ではわかっていた。不慣れで使いづらいのは使っていないせいであって、使わなければいつまでたっても仲良く慣れないのもわかっていた。でもこわかった。だって値段。値段……保証はあるけど、ねだん……

とはいえ、いつまでもこのまま部屋のすみに埋もれさせていては本当にもったいない。次の休日、天気が良ければ持って行くと決めた。

それはそれとして、四月の休日に、大山崎山荘美術館に行きたかった。常設のモネは見たことがあるので、新しい絵に出会うためというよりは、あの場所に行く口実がほしかった。ならばカメラを持って出るのにぴったりだと観念し、かばんに詰めた。

本当のところ、やっぱり持って行くのこわかったけど、決めたら思考を挟まないのがいちばん良い。無になって出かけた。かばんが重いのは本を入れたせいだと思い込むことにした。本は持ってなかったけど。休日なのに緊張した。

撮るのが、たのしい

大山崎の駅を降りてすぐ、意を決してかばんからZfをとりだし、写真を撮った。なんてことのない、空の写真だった。

空の写真なんて、今までスマホでかぞえきれないくらい撮ってきたのに、撮影の楽しさがぜんぜん違った。楽しいといっても、凝った設定をしたわけではない。事前にピクチャーコントロールでSetouchi Blueを設定し、露出を-1くらいにした以外はほぼカメラまかせだった。

でも、ファインダーをのぞいて、ピントを合わせて、シャッターを切った瞬間、肩の力が抜けた。ファインダーの中で焦点の合う一点に集中するのが、こんなに落ち着くなんて知らなかった。持ち出す前に部屋で二百枚くらいは撮ったはずだったんだけど。カメラの存在に圧倒されすぎて冷静ではなかったのかもしれない。

とりあえずスマホとはぜんぜん違う。スマホだと画面全体があまりにもクリアにうつるし、当たり前だけどファインダーがないので周りがよく見える。一点集中、という感じではない。いつも、周りを見すぎていて疲れているのかもしれない、ということに気づいた。

いまどきスマホできれいな写真はいくらでも撮れる、と呪文のようにささやいていた自分は、どこかに飛んで行った。無理やり自分を納得させたわけではなく、ごく自然に、スマホとは違うと思えた。できあがった写真がきれい云々以前に、カメラで写真を撮る行為が楽しく、ほかにはない癒しだと気づいた。

誰もいない駅のホームで、何枚も写真を撮った。

庭園散策

大山崎山荘美術館に到着したものの、たいへん珍しいことに入場待ちの行列ができていた。モネのパワーすごい。

列に並んで待っても良かったのだけど、しばらくすれば解消されそうな様子だったので、じっと待つのではなく庭園散策をすることにした。桜がきれいだった。

ピントが合ってないけど、こういう写真が撮りたくてカメラ買ったので、うれしい一枚。

しばらく庭園をぐるぐるしてから、美術館を楽しんだ。

一箇所に、集中する

ひとつに集中するって、なかなかできてないのかもしれない。だから、強制的にほかのものが視界から消えて、一点にピントを合わせてくれるカメラが新鮮で、安心するのかもしれない。カメラの勉強、と気負いすぎずに、あまりかんがえず、目の前の一箇所にピントを合わせて、何度もシャッターを切ってみようと思えた。

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