もはや原型のないわたしのバレットジャーナル

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わたしのバレットジャーナル遍歴

日記には、良い思い出がない。

とにかく続かない。日記に対する憧れだけはあって、いろんな本を読んでまねしてみたけど、自分の日記を読み返してもつまらない。

そんなわたしでも比較的よく続いたのがバレットジャーナルという手帳術だった。感情を横に置いといて、タスクやログを箇条書きで書き、気づきやメモなどもなんでも自由に書く、というもので、本も読んでかなり熱心に取り組んだ。買い集めた文房具を使う口実ができた、というのが一番大きかったかもしれない。

とにかく頭にあることをなんでも書ける場所は、楽しかった。

自分のバレットジャーナルがつまらない問題

バレットジャーナルをはじめて数年、日々の行動は記録していた。でも、本当にただ記録しただけで、読み返してもおもしろくないどころか、書いた意味さえわからない。日々それなりに時間をかけているのに、読み返したくもならない。

すべてがつまらないわけではなく、読書ノートや創作メモは有益なのだけど、それらはとにかく量が多い。日々の記録はあっというまに埋もれ、読書ノートも創作メモに埋もれ、その逆もまた然り、いくらインデックスをつくっても項目が多すぎて辿れず、結局読み返さないという悪循環に陥った。

量が多いならノートをわければ良い、とかんがえて読書ノートと創作メモをバレットジャーナルから分離させ、別のノートに書き始めたところ、気づけばバレットジャーナルが私にとって「そんなに好きではないことを書くための場所」になってしまった。バレットジャーナルは悪くない。でもうまくいかなかった。

日々の記録は、やっぱりほしい

そんなに好きではないことを書く場所なら不要、という結論に至り、日々のタスクやログを記録するためのバレットジャーナルを、一度やめた。やめたあとも読書・創作ノート、モーニングページを書いていたし、ノートには手書きで日々いろんなことを書いていた。

でも、普段の自分の行動や習慣を振り返る場所はなくて、なんというか、いつも根性で小説を書いていた。根性がないとできないので、少しでも自信がなくなると書けないし手につかない。それでも誰も困らないんだけど、書きたいものがたくさんあるのに書けない時期が長いのはもったいない。

そこで、執筆に対するハードルを少しでも下げて、精神を安定させるため、という目的に絞って、バレットジャーナルを再開することにした。

使うもの

ノート

ロルバーンLサイズ。ダイアリー含む。

表紙のデザインにひかれて買い集めたものがたくさんあるので、しばらくは困らない。ロルバーンにこだわっているわけではなく、今持っているものを使い切ったら、他のとじノートを使うつもり。今年の1月に再開してから、ロルバーンダイアリーを一冊使い切り、今は二冊目。

市販の手帳は、スペースが決まっているのがどうしても合わないので使わないことにしている。たくさん書きたい日は何ページも書いて、ページ半分のときは適当に終わらせたい。

筆記具

ランコントルMF+セーラー万年筆のカートリッジ黒

にじまず、ここちよく書ける。カートリッジは、セーラー万年筆を買うともれなくついてくるおまけで、このたびやっと最後の一本にたどり着いた。長かった。

ランコントルを入れているケースは文房具のためのものではなく、無印のアクセサリー用ベロア内箱。万年筆をすぐ使いたいから机に置いてたところ、机の上で行方不明にもなりがちだったのが解消された。写真ではサイズの小さいランコントルを入れてるけど、手持ちの普通サイズの万年筆ならなんでも入る。良い。

その他

共栄の下敷き

書き心地が最高。ほかのサイズのノートにも使いたくて何枚も持っている。大好き。

マステ

デコ目的というより、区切れ目をてっとりばやくわかりやすくしたいから貼っている。一度に使うのは一本だけ。使い切るまで集中して使う。複数組み合わせたり貼り方を変えようとすると絶対にめんどくさくなるので、しない。

マステンプレート

ざくっと切れるときの感触が好き。イラストを描いたりおしゃれにカットしたりできるけど、まっすぐカットするためにしか使ったことがない。三角のところが手にささるから、まっすぐなだけのマステンプレートがほしい。それはマステンプレートじゃないかもしれない。

マステンプレートを使いたいからマステ使ってるみたいなところある。それくらい、ざくっと感が好き。

付箋、日付印

付箋に日付を押して、のりで貼る。手書きの日付だと、ペンを変えても大きく書いても埋もれてしまって、ざっと読み返したときに区切れ目がわかりにくいため。

書き方

日々の記録や予定など、一般的なバレットジャーナルの内容に加えて、今いちばんやりたいことについて、できた理由とできなかった理由を記録することにした。やりたいことは、私の場合はほとんどが小説の執筆だけど、ブログやおでかけ、片付けのこともある。

できた理由を書くのは、やりたいことをするためのヒントになるから。この音楽を再生すると集中できた、とか、この万年筆を使うと楽しくてたくさん書いた、とか、あの話を久々に書いてみたら楽しかった、とか。

前向きな気持ちは、おそろしいほどすぐに忘れる。楽しかったはずなのに、時間が経つと忘れて面倒になってしまうことは数え切れないほどある。楽しかったことを思い出すために、できた理由を記録した。

できなかった理由を書いたときは「次から気をつけよう」ではなく、できるように仕組みをつくる。小さなことでもいいから、目に見える何かを変える。たとえば、スマホでついSNSを見てしまったから集中できなかったのであれば、まずはホーム画面から消す。それでも見てしまうなら、思い切ってスマホから削除してしまう。それでも執筆できないのなら、執筆そのもののハードルが高すぎる可能性があるので、細分化して取り組みやすいように工夫する。その方法を、ノートの上でかんがえるようになった。

ブログの記事を久々に書けた日は、書いてみると楽しかったしもっと気楽でもいいと思えた、と書いたし、書けない日はルーズリーフに手書きで頭の中をぜんぶ出してから取り組むことにした。たぶんそのおかげで、まったりペースながら更新できている。

写真のようにゆるい日もある。それにしてもゆるい。たぶんほとんど漫画読んでた日。でも、この日いちばんやりたかったこと「カメラを持って外出する」は達成している。緊張しすぎてZfを持って外出できない日が続いたので、楽しかったと記録しておくのはだいじ。時間があくとおもたいカメラを持って外に出るのが億劫になるけど、これだけ書いておけば、何が楽しかったのかちゃんと思い出せる。

バレットジャーナルの原型をなくすのが楽しい

今のところ、やりたいことをするにはどうしたらいいか考える場所が、私にとってのバレットジャーナルになった。もはやこれがバレットジャーナルなのかどうかわからないけど、楽しく書けているし、読み返すのもおもしろいのでこのまま続けてみるつもりでいる。

でも、これから先もずっと、できた理由できなかった理由を考え続けるつもりではなくて、いつかは思考をはさまずに好きなことに集中して取り組みたい。考えずにできるのが理想。

だから、今のやりかたは楽しいけど、少しずつ形を変えたり、書く量を減らしたりしながら、また数年後には「原型がない」と言っているといいなあと思う。

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