思えば、近所の本屋さんでカクノを見かけたのが始まりだった。
漠然と敷居の高い印象を抱いていた「万年筆」が、ポップでかわいいデザインだったことにひかれて、私にしてはあまり迷わずに購入したのを覚えている。
カクノをすぐに使いこなせなくて何年も放置したあと、YouTubeで万年筆動画を見かけてから復活し、さらにはプレピー、プレフォンテ、TUZU、ラミーアルスターと来て、金ペンのランコントル、プロギアスリム、スーベレーンなど、それなりの数の万年筆たちを、何年かかけて使ってきた。何本も必要なものとは到底思えないのに、ひとつ好きになると他の万年筆の書き味が気になってしかたない。万年筆の不思議な魔力に魅せられて数年、今となってはそれなりに数が増えてしまった。
今後も際限なく増えるのだろうか、と少々怖いような気持ちを持て余していたある日、やっぱり動画で、プランジャー式の万年筆、カスタム823を知った。
インクの見える透明軸が美しい。何より、吸入するときの音が心地良い。今にして思えばほとんど一目惚れだった。プランジャー式という、国産の万年筆としてはほかにない個性的なデザインだったのも決め手のひとつになった。
とはいえ、値段がそれなりであったことと、それまで限定デザインの万年筆ばかり買い求めていたので、煌びやかな万年筆にくらべて見た目がおとなしくて好きになれるのか不安だったこと、パイロットの万年筆の値上げ直後だったこと、などなどなど。さまざまな事情があいまってかなり悩んだけれど、通販で購入に至った。正直、購入ボタンを押してからも、これで良かったのか不安で不安でたまらなかった。何かの間違いで購入が取り消しにならないか考えたりもしたくらい。
コンビニ受け取りにしたら、雨の日の夜に届いてしまった。翌日に取りに行ってもよかったのに、わざわざ傘をさして、ざあざあと雨の降る中コンビニまで歩いた。雨に濡れたコンクリートにうつった信号機の青色がきれいでみとれてしまったのを、すごくよく覚えている。届くのが不安だったのが、嘘みたいにときめいていた。
開封し、同時に購入したブルーブラックを吸入する。かすかに、しゅーっと音がしてたっぷりのインクが入った瞬間、どうしてあんなに悩んでいたんだろうというくらい幸せだった。インクの吸入は好きだったけど、さらに楽しくなることがあるのかと驚きもした。
太い字幅がほしくてシグネチャーモデルを買ってしまったので、最初のうちは角度がシビアで書きづらさがあったものの、数日も経たないうちに慣れた。それ以上に、なめらかな書き心地に感動しすぎて、あまりにも満足しすぎた。万年筆に出会ってからはじめて、もうこれ以上増やす必要はないんじゃないか、と頭をよぎった。
823以降もちょくちょく万年筆を買い求めてはいるけれど、やっぱり、もう、買わなくていいんじゃないかと思うことが増えた。いろいろ使ってきてわかったけれど、特定の万年筆にみられる独特の抵抗感のようなものが苦手で、ものによってはなんとなく不満、どころか、背中がぞわぞわして書き続けられないことがわかった。その、独特の抵抗が、パイロットの万年筆にはない。常に書くことに集中していられるところに、完全に惚れ込んだ。
中でも823の書きごこちは極上で、これ以上の万年筆を想像することができないし、探さなくてもいいんじゃないか…少し寂しいけど、それ以上に安心が大きい…
と、言いながら、ライティブのターコイズを購入した。

ずっと、カクノと同じようなものと思い込んで避けていたけど、ぜんぜん違った。なめらかだけどしっかり捕まえてくれる感覚もあって、今まで使ってきたどのスチールペンよりも合っている。
旅路の果ては、まだ遠いのかもしれない。

